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たまになら良いもんだ [復刻版]

イェヤッホォォォウ!仕事その6、ラフ終わったぜぇ!とりあえず提出したぜぃ!!!!!
入れ替わりに次の指示書が来たぜぃ、がんばるぜぃ!

なんか仕事の覚え書きばっかりになってツマランので、復刻版置いていく。



これらの『復刻版』シリーズは、かなり前のもの、それこそ10年以上前のイラストをデジタルに起こして加工し直したものとか。それこそ同人誌とかをバリバリやっていたころです。
なんとなく自分でも好きな作品群。

先日、友達と話していたのだけれど…

そんなふうに一生懸命何かを作っていた高校生とか大学生のころの作品(?)って、まオオノの場合マンガであったりイラストであったりするのですが、今掘り起こして見返すと、ツッコミどころありすぎちゃって正気じゃ見れた物じゃない。オオノの過去作品なんざ、デッサン狂ってるとかいうレベルの前に、絵はダサイわ組み立ては甘すぎるわで、恥ずかしいなんてもんじゃない。
友達の彼女の場合は創作活動していないので英語の論文での話になるわけですが、『大学時代の論文なんか読み返すと、伝えたいばっかりで、文章長くなっちゃてピリオドどこ?ってかんじ』なんだそうで、まぁ、大抵の人は多分そうなんだと思います。逆に、昔作品を見返してみて、ツッコミや悶絶できなかったら、成長していないってことなので、それで問題があるような気がする(笑)

でも、過去作品を見ていて、ツッコミしながら悶絶しながら思うのは、今の自分では越えられないものを持っているなぁ、ということ。

それはなんだろうね、と考えたとき、多分、その今の自分には越えられない何かというのは、『何かを伝えたいという強い気持』それから『何かを探している強い気持』そのものなんだろうな、と。

本当にオトナになって、きっと今ではもう手に入れてしまっている、もう誰かに伝わってしまったのかもしれない、だから、今その強さを表現できないんだろうな。
『復刻版』の作品群を描いていた頃、よく水彩で描いていた「青い絵」、あれはもう、今では絶対に描けない。技術はあるから職人張りに描けたとしても、それは模倣にすぎないだろう。

何かを伝えようとする気持って、本当に強いものだと思う。
マンガやイラストに限らず、見た目がヘタクソでも雑でも拙くても、何故かしら掴み所の無い、ココロを引きつけられてしまう魅力を持つ作品というのがある。そういう作品は、きっと強い何かの気持の欠片が入っているんだな、と、そう思います。

時には昔作品を引っ張りだしてきて、悶絶するのも、たまになら、た、ま、に、な、ら、良いもんだ。
なんとなーく漠然と、自分の成長や得て来たものを振り返る事が出来る。当時得たかったものを多分今得ているであろうことへの感謝の気持もあり、それが自分からこぼれ落ちてしまったのを残念に感じる気持もあり。


ま、そんなことをしみじみと考えているのはですね、今とりかかろうとしている仕事がですね、去年・一昨年の自分の仕事がベースになっている仕事だからですよ。去年・一昨年の仕事のサンプルを目の前にしているからなんですよ。
個人の創作活動と、仕事活動は、別の話なんですがね。

でも一昨年のサンプルは見つかっても、去年のサンプルが見付けられねぇ、どーこーだー。


【業務連絡】
仕事その6(H)……FB待ち
仕事その7(A-本)……指示書確認、台割とりかかり→ラフ提出16日
仕事その7(A-外)……FB待ち

Prága [復刻版]

『Prága』(プラハ)
シリーズで描いたものの3枚組。実物はこれの半分くらい……
灯火の表現はウォッシュを乾かした後、濡れた堅い細い筆で、絵の具を削り落としている。


他2枚↓


いとこはおどる [復刻版]




mist [復刻版]

発掘品シリーズ。
実際のサイズはこれの半分くらいの大きさ。
ウォッシュの技法で描いているのだけれど、紙の上で絵の具が動く方向をコントロールすると、こんなかんじにも出来る。
これが楽しい。



【業務連絡】
仕事その2……納品完了。JPG版下に入れちゃ嫌。
仕事その2+α……ラフ納品。チェック後すぐにデータ。
仕事その3……更新部分が発生したら最優先。

ARIA [復刻版]

仕事のまっただ中、余裕ぶっこいて、ブログのカテゴリの整理なんぞしてみる。
今まで、食べたモノを振り分けていたのだけれど(ビミョーだったものとか文句言いたいやつとか美味しかったのとか。)それをすると、「あれ?アレ食べたのいつだっけー?」と自分が混乱し始めたので、いっそのこと食べたモノは、ネタ物除いて全部『食べたもの』でまとめる事にしてみる。

一緒に保存してある画像も整理したのだけれど、ちょっと前のこれの対で描いたものが出て来たので、『復刻版』に入れてみた。

絵のクリック先においてあるのは、『ARIA』

実は、ちょっとまえに、オーストラリアの友人に、『MANGAをデータで作るのって面白いねー』なんて話をしていたとき、お互い自分たちも昔いろいろ実験的に作って遊んでいたよと、昔の作品を見せあっこしました。そのときにみせたのがそれ。
せっかくなので公開してみることにする。

元の作品(?)は、すごぉぉぉぉぉぉぉおおおおおく昔に…それはそれはもうコーコーセーとかダイガクセーとか、遠い遠い昔に作ったマンガらしきもの。それをオーストラリアの友達に見せる為にスキャンしてデータに起こしたもの。
当時は、A5だかの本にしてましたが、やりたかった事はこういうこと。映画ではないけれど、延々と下にスクロールしていくという作業を前提に製作したもの。でも当時はそんな「延々スクロール」なんて事をしようと思ったら、巻物で印刷するしかなく、何年も経ってからやっと実現したということかな。

何を使って描いたかというと、製図用の非常に細い線が描けるロットリング(死語?)で、ちぃっっっっさい絵を描き、それを廃棄寸前だったコピー機で、延々と拡大コピーを繰り返す。線はジゴジゴになるし、正体不明のゴミは出て来るし、だがそれがイイ!ということで、なにやら一種のアナログな『デジタルアート』なことをしていました(笑)当時はパソコンが普及しはじめた頃で、パソコンで簡単に絵を描くなぞ、専門的な知識を持つ人以外ではなかなか難しかった時代なので「コピー機を使って描いているんだ!複製芸術(笑)だー」とワルノリしていた記憶が……。

個人的に、当時の「純粋な強さ」を今でも感じるのでお気に入りです。


自家製固形絵の具 [復刻版]

先日の席で、ルロワ(この日飲んだブルゴーニュ)のコルクが、放置して腐った水彩絵の具の匂いがする、と盛り上がっていた(笑)
要するに、湿気の多いちょっとカビっぽい蔵のような匂いということなのだろうけれど……そこでふと思い出したのは、自分が使っていた絵の具。
カラーインクは使わずに、透明水彩絵の具を使っていたのだけれど、絵の具は全て乾かして使っていた。琺瑯のパレットに、全ての絵の具を絞り出して、ゆっくり乾かし完全に固める。使うときは、筆に水を含ませてグリグリとこすり、還元させて使う。固形絵の具を使う要領と同じ。
こうすると、濃度も細かく調整できるし、なによりも無駄がない。自分が好んで使う絵の具のメーカーは、高価なものが多いので助かった。

こうして自家製固形絵の具にして長年使っているうち、とうとう一番好きな色を使い切ってしまった。ところが、この時に問題が。
新しく作った自家製固形絵の具は、同じ絵の具の品番でも、色が違っていたのだ。つまり、長年愛用していた使い切った自家製固形絵の具は、酸化したのかなんなのかよくわからないけれど、変化をおこしていて、発色や、色の滲み方、質感などが新しいそれと異なっていたのだ。
古い絵の具の独特の発色のほうが好みだったので、それっきり、新しく作ったお気に入りだった色はあまり使う事がなくなった。そのうち、好きな色が使えなくなったので…水彩画を描く事は少なくなってしまった。

使っていた紙はワトソン。過酷な扱いにもへたれない良い紙だ。人によっては、若干アイボリーがかかったところが気に入らないかもしれないけれど、オオノはそれがお気に入り。
『ウォッシュ※』という技法を多用していたのだけれど、紙の塗れ方によって、微妙に絵の具の滲み方を変えてくるワトソン。厚いしっかりした紙ならではの偶然の表現。粗い絵の具の粒子の表面の残し方も好き。
テクスチャに拘りたい人にはお薦めです。

  ※ウォッシュ:滲みを利用する水彩画の技法の一つ。あらかじめ紙を水で濡らして、そこに筆を入れる。


1200dpiのJPG [復刻版]

ちょっと調べものがあり、古いCD-ROMを掘り出して来てデータを探していた。
そしたら、すごーーーーーーく古いイラストのデータが出てきまして、開いてみたら、いろいろ愉快な状態になっていて大笑いでした。

なぜ1200dpiのJPGで画像が保存されているのだろう……?

4年とか5年昔の話ではないのだ、もっともっと昔なのだ。
よーくよーく思い出すと、一応それなりの理屈はあって、作ったデータ(紙媒体のものをスキャンしてデータに起こしている)を保存する為に1200dpiという高画質だったのだろう、わざわざJPGなのは、当時Windowsの人にデータを渡す事を考えていたので、WindowsとMacの互換性に配慮していたのだと思われる。(当時はまだPhotoshopをWindowsで動かす事がほとんどなかった時代)

当時、DTPという単語が認知されるかどうか、まだデジタル・アート(死語)の可能性に夢を見ていた時代。出て来たCD-ROMの中のデータを見てみると、そんなデジタルな事を試みてはいるものの、どうやら、紙媒体の延長としてモノヅクリをしている自分の痕跡がそこにあった。
どうも、そこんところの根っこの部分は、未だに変わっていない様子。
手作業でウマくできなければ、デジタルでもウマくできるわけない。基本は大事という考え方。

水彩画の保存用データは、さすがに綺麗に残っているので、そのうち整理して公開しようかな。


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